第31話 ナチスドイツ チェコを併合
2月1日。

政変前
政変後
やれやれ。世界のあちこちで政変勃発。
史実によると、コンスタンティノス・デメルチスからイオアニス・メタクサスへの政権交代は1936年4月で、しかも首相就任は国王ゲオルギオス2世からの任命によるものなので、“クーデター”と呼ぶのはどうかと…。
2月2日:日野自動車が「基本型固定式対空砲」を開発。
2月25日:我が国はアゾレス諸島でパルチザンへの資金援助に成功。我々の計画が相手国に察知されました。これは外交関係に影響を及ぼすでしょう。
3月3日:三菱重工業が「初期型自走砲」を開発。
3月4日:中島飛行機が「ロケットエンジン」を開発。
ロケット&ミサイル兵器開発の第一歩です。
3月15日。

3月15日:スロヴァキアの人々がチェコスロヴァキアからの独立を宣言。
3月15日:ドイツがスロヴァキアを属国化。
3月15日:チェコスロヴァキアはチェコスロヴァキアの終焉―スロヴァキア独立において “しかたあるまい(ゲーム終了)” を選択したとのことです。


Hoi2DataWikiより
「ズデーテンラントを併合したヒトラーは、次にティソが率いる小さなスロヴァキア愛国組織を使い、半ば強制的にスロヴァキアの独立を宣言させた。これと時を同じくしてドイツ軍部隊がスロヴァキア人の“保護”を名目に国境を越えてチェコスロヴァキア領内への進駐を開始する。そして間髪を入れず、ヒトラーはチェコの大統領に向け、現在の“チェコ問題”について話し合うためにドイツへ来るように要請した。だが、その目的はチェコ大統領を孤立させて脅迫し、屈服させることであった。ヒトラーの策は成功した。数日後にはドイツ軍が旧チェコスロヴァキア全土を掌握した」
3月15日:イギリスで “戦時体制への移行” が発生。
3月15日:フランスで “戦時体制への移行” が発生。
3月15日。

ハンガリーの火事場泥棒的行為だが、まあ、それは言うまい。第一次世界大戦での敗北によってチェコスロバキアに奪われたルテニアを取り戻しただけだよ~という見方も成り立つので。
ところで、地道に継続している対ポルトガルのアゾレス工作だが、反政府勢力に相当額の資金を提供したにもかかわらず、いっこうに暴動や反乱を起こす気配がない(=パルチザン活動率が上昇しない)。
こいつら、金だけふんだくって後は知らぬ顔の半兵衛か。意外としたたか者である。仕方ないので、中傷工作も併せて行うことに。
3月21日:我が国がポルトガル政府に対する中傷工作を開始。我々の計画が相手国に察知されました。これは外交関係に影響を及ぼすでしょう。
3月24日。


3月24日:ドイツで “メーメルの割譲要求 ― リトアニアが合意した!” が発生。
Hoi2DataWikiより
「1939年3月22日、リトアニア政府は凄まじいドイツ系住民の圧力と攻撃準備を進めるドイツ軍の脅威に屈し、メーメル(現クライペダ)を割譲することでドイツと合意し、不可侵条約に署名した」
メーメルはここ。
第一次世界大戦後のメーメルの歴史。
1919年:連合国の共同管理下におかれ、フランス軍による委任統治が始まる。
1923年:リトアニア軍が侵攻し、フランスは自治権の保持を条件にメーメルを放棄。
1924年:リトアニア政府から派遣された総督のもとで自治区として発足。
1926年:住民の大半を占めるドイツ人がリトアニア支配に反発、戒厳令が敷かれる。
1938年:選挙でナチスが大勝。リトアニアはドイツにメーメルを自主的に返還。
このあたりの欧州情勢、ほぼ史実どおりです。
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