« 第58話 皇軍 大陸を席巻す | トップページ | 第60話 日中戦争終結 »

2010年3月 5日 (金)

第59話 快進撃は続く

1月6日。

Hoi0524

Screensave4

ピブーンソンクラームの名前がどこにもない。

政府首班兼外務大臣である「セニ・プラモジャ」は誤訳だそうで、正しくは「セーニー・プラーモート」。日本寄りだったピブーンソンクラームに対抗して、抗日運動を組織したとのこと。すると、この世界ではタイに非親日政権が誕生したことになる。やれやれ。

1月6日:第26歩兵軍団がシンヤンに到着。
1月8日:第45歩兵軍団がチュウチャンに到着。
1月8日:第10歩兵軍団がウェンチョウに到着。
1月11日:第10山岳軍団がナンピンに到着。
1月12日:第38歩兵軍団がハンコウに到着。
1月12日:第43歩兵軍団がナンチャンに到着。
1月13日:第48歩兵軍団がウーチャンに到着。
1月16日:第12歩兵軍団がフーチョウに到着。
1月16日:第4軍司令部がピンシャンに到着。
1月17日:第35歩兵軍団がシアンファンに到着。
1月18日:第3工兵軍団がアンヤンに到着。
1月18日:第49歩兵軍団がチャンシャーに到着。
1月20日:第47歩兵軍団がチューチョーに到着。
1月25日:第11歩兵軍団がロンイエンに到着。
1月26日:第10歩兵軍団がチュワンチョウに到着。

1月27日:我が軍の艦隊がハンチョウ湾で敵艦隊と交戦。

Hoi0713

「應瑞」はもともと清国海軍の所有。排水量2,500トン程度の練習巡洋艦で、史実では日中戦争勃発後の1937年9月28日に日本軍の航空攻撃で撃沈されている。
同型艦のうちの1隻は、西太后の庭園造営用の資金を調達するためにギリシャに売却されたという、中国ならではの話。

2月5日:第10歩兵軍団がシアムンに到着。
2月5日:第41歩兵軍団がカンチョウに到着。
2月5日:第10山岳軍団がチャオアンに到着。
2月5日:第44歩兵軍団がハンヤンに到着。
2月8日:第4工兵軍団がシーアンに到着。
2月10日:第41歩兵軍団がシャオコワンに到着。
2月12日:第47歩兵軍団がシャオヤンに到着。
2月12日:第15歩兵軍団がスワトゥに到着。
2月13日:第36歩兵軍団がイーチャンに到着。
2月13日:第14歩兵軍団がクワンチョウに到着。
2月17日:第43歩兵軍団がゴイリンに到着。
2月19日:第32歩兵軍団がホワイホワに到着。

欧州の戦況。

Hoi0425

相変わらずドイツ軍の優勢が続いている。もう少しでウクライナの中心都市・キエフに手が届くところ。

2月22日:第41歩兵軍団がウーチョウに到着。
2月22日:第2工兵軍団がエンシーに到着。

2月25日:1 原子炉の配置準備完了。

Hoi0458

原子炉の規模が7になった。

2月25日:第28歩兵軍団がアンカウに到着。
2月26日:第11歩兵軍団がチアンメンに到着。

3月1日:我が軍の艦隊が海南海峡で敵艦隊と交戦。

Hoi0480

本格的な戦闘に入る前に、国民党軍は逃走。

Hirohito 天皇陛下

「東条君」

Tojo 東条首相

「はい、陛下」

Hirohito 天皇陛下

「以前にも言ったことがあるやに思うのだが…」

Tojo 東条首相

「…」

Hirohito 天皇陛下

「もういい加減に『第…軍団が…に到着』の羅列は止めにして、ストーリー展開をスピードアップせんかね。鬱陶しくてかなわん」

Tojo 東条首相

「はっ。御意にございます」

3月2日。

Hoi0491

国家元首:エルピディオ・キリノ、政府首班:セルジオ・オスメナのコンビから

Hoi0502

へ。大きな流れとしては史実に合致している。

3月5日。

Hoi0513

3月9日:東京工廠が「発展型空挺師団」を開発。

Tec

3月13日:我が軍の艦隊がトンキン湾で敵艦隊と交戦。
3月13日:我が国がトンキン湾における海戦で中国(国民党)に勝利。撃沈された船は次のとおり。中国(国民党) - 第1輸送大隊(輸送)

Hoi0536

3月16日:山下奉文が「夜間爆撃ドクトリン」を開発。

Tec_2

|

« 第58話 皇軍 大陸を席巻す | トップページ | 第60話 日中戦争終結 »

大日本帝国【1-3】」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第59話 快進撃は続く:

« 第58話 皇軍 大陸を席巻す | トップページ | 第60話 日中戦争終結 »