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2011年1月29日 (土)

第5回 激闘!対米戦

1936年10月23日。

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今や流浪の逃亡者となり果てたルーズベルトからの和平提案。0.5秒で却下。

1936年10月30日。対米戦3ヶ月の状況。

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大西洋での海軍の仕事はどうやら終わりを告げたようなので、太平洋に戻って島嶼部の確保を始めます。

1936年11月4日。

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普通、戦局悪化の責任をとって辞めるか、国民が「No!」を突きつけるのでは。理解を超越した国民性です。

1936年11月11日。ミシガン州・フリントにマッカーサー現る。

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現時点では中将のようです。この世界では大将に昇進することはないでしょうし(もうじき米陸軍は消滅の予定)、彼には余計な権力など与えないほうが世のため人のためです。

ところで、このフリントからウィスコンシン州・マーケットにかけての戦いが、米本土でのほとんど唯一といっていい激戦になりました。敵の小部隊を意図的に突出させた後、各個撃破する戦法で、なんとか突破です。

1936年11月30日。対米戦4ヶ月の状況。

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1936年12月3日。シンチアン(新疆)からの同盟提案です。

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今、中国国民党と事を構える気はないので、却下。

1936年12月11日。

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1936年12月13日。

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1936年12月20日。

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ただし、当然…

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歩兵と資源と技術の青写真をふんだんに提供してくれる、頼もしい同盟国の誕生です。

1936年12月26日。

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ルーズベルトからの悲鳴。和平を求める前に、日本人敵視・蔑視の姿勢を改めるのがスジというものでしょう。黙殺。

1936年12月30日。対米戦5ヶ月の状況。

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もはや海上にはあまり獲物は残されていないようです。

年が改まって、1937年1月4日。

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これ以上、悪化のしようもありませんが…。

1937年1月5日:帝国陸軍第8軍団がパールハーバーで上陸を完了。
1937年1月5日:帝国陸軍第7軍団がパールハーバーで上陸を完了。

残念ながら、画像を撮り忘れています。

1937年1月7日。

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ニューメキシコ州・シルヴァーシティーの戦い(おそらくはリオブラボデルノルテ川を挟んでの戦闘)で、突破イベントが発生。

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その結果、こうなります。

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敵の指揮官の一人は、かの有名なパットン将軍でした。

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戦車軍団ではなく、民兵を率いています。

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1937年1月12日:帝国陸軍第10軍団がサンディエゴで上陸を完了。
1937年1月12日:帝国陸軍第4軍団がサンディエゴで上陸を完了。
1937年1月12日:帝国陸軍第5軍団がサンディエゴで上陸を完了。
1937年1月12日:帝国陸軍第6軍団がサンディエゴで上陸を完了。

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パールハーバーから長駆遠征して強襲上陸。西海岸に橋頭保を築きました。

1937年1月26日:我が軍がロスアラモスで敵軍と交戦。

1937年1月27日。

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