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2011年2月12日 (土)

第7回 国民党躍進

前回をもって対米戦争は終結したわけですが、大方の予想というより必然的結末をひっくり返して、日本が勝利。米国の戦時態勢が整わないうちに、東海岸に兵力を集中させて一気にメガロポリスを制圧するという乾坤一擲の作戦によって、奇跡的な勝利をもぎ取りました。

これには、世界各国の指導者たちも顔色を失ったことでしょう。

「そんな馬鹿なことが…」「あり得ぬ」

…という声が聞こえてきそうです。特に、日米戦の帰趨が自国の国益を大きく左右するチャーチル(英国)とか蒋介石(中国)などは、対日戦略を根本的に転換しなければならなくなったはず。

蒋介石ですが、日米戦が始まった段階では、日本敗北という前提のもとに戦略を抗日に大きくシフトしていましたが、日本が負けるどころかその国力を飛躍的に増強した今となっては、抗日のスローガンを引っ込めて国内統一に注力するしかなくなりました。統一がなったあかつきには、満州にちょっかいを出してくることが予想されますが、まだ時間はあるでしょう。

ヒトラーにしても、連合国の兵器廠が消滅したとなれば、いよいよ欧州での傍若無人なふるまいをエスカレートさせると思われますが、再び欧州で戦火が燃え上がるまでには2年ほどの猶予があるので、しばらくの間、わが日本は国力と戦力の醸成に努めます。来るべきアジア解放戦争の準備です。

1937年7月1日。

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1937年7月3日。

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束になってフィリピンにケンカを売る中国の軍閥ども。何をどうしたいのか、よくわかりませんが…。で、進退きわまったフィリピンから…

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そうですね。無意味なにらみ合いはやめましょう。

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1937年8月3日。

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1937年8月17日。

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これを待っていました。もちろん承諾です。

1937年9月8日。

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広西軍閥を併呑してますます意気軒高の国民党。いよいよ共産党にその鉾先を向けました。ここでは、おそらく史実と逆の結果になることでしょう。

1938年1月12日。

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Hoi2DataWikiより
「1938年、ドイツ国防相のヴェルナー・フォン・ブロンベルク元帥は平民の妻を娶った。当時の将校の結婚としては異例であったが、平民出身のヒトラーはこれを大いに祝福したという。しかし直後に夫人を中傷する文書や写真が出回り始め、これをゲーリングは自身の野心のために利用。併せてヴェルナー・フォン・フリッチュ上級大将の同性愛者容疑をでっちあげ、ヒトラーの二人への信頼を失わせることに成功した。強硬な外交政策に反対していた国防軍のNo.1とNo.2がいなくなったことで、ドイツ国防軍はこの後急速にヒトラーの忠実な手駒へと作り変えられてゆく」

1938年1月18日。

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国民党との戦争で多忙になった共産党。もはやフィリピンと揉めている場合じゃなくなったということでしょう。

1938年1月20日:IJN 赤城 付属部隊が零戦21型 / 99式艦爆 / 97式1号艦攻に改良。
1938年1月20日:IJN 加賀 付属部隊が零戦21型 / 99式艦爆 / 97式1号艦攻に改良。
1938年1月20日:IJN 蒼龍 付属部隊が零戦21型 / 99式艦爆 / 97式1号艦攻に改良。

究極の艦上戦闘機・零戦21型が実戦配備されました。

1938年1月23日。

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オーストリアも政情が不安定なようです。

1938年1月30日。

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何のことかよくわかりません。

1938年2月1日。

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1938年3月2日。

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Hoi2DataWikiより
「1934年末、ソ連におけるスターリンの有力な対抗馬であったセルゲイ・キーロフが、ニコラーエフという青年に暗殺される事件がおこった。この真相不明な青年のテロを契機として、ソ連当局は国内の反対派の根絶を決意、1936年にはかつてレーニンの側近であったジノヴィエフやカーメネフを『反革命派のスパイ』として粛清。さらに1938年にはブハーリン、ルイコフらを『トロツキストと共謀してソ連の転覆をはかった』として粛清。スターリンの追求は赤軍にも及び、トゥハチェフスキー、イェゴーロフ、ブリュヒャーの三元帥らが粛清された他、ロコソフスキーらが一時失脚した。第二次世界大戦の勃発まで続いたこれら一連の粛清裁判により、ソ連共産党の古参党員らの多数、また赤軍の高級将校らの多数が銃殺された。この大粛清の影響によって、フィンランド冬戦争で苦戦し、独ソ戦で大きな損害を出すことになったともいわれる」

1938年3月17日。

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さっそく建造を開始します。

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くどいようですが、これは男の浪漫です。

1938年3月22日。

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Hoi2DataWikiより
「アドルフ・ヒトラーがドイツの首相に就任すると、ドイツとオーストリアの統一(アンシュルス)を求める声が一段と高まっていく。そうした中、ヒトラーは1938年2月にオーストリアのクルト・フォン・シュシュニク首相をベルヒテスガーデンに招いて会談を行った。そこでヒトラーは首相に、オーストリア・ナチス党への譲歩を求めた。だがシュシュニク首相はこれを拒絶し、1938年3月9日にオーストリアの独立維持の是非を問う国民投票の実施を発表する。これをオーストリア問題解決の絶好のチャンスととらえたアドルフ・ヒトラーは行動を起こし、シュシュニク首相を辞任に追い込んだ。これにともないオーストリア・ナチス党のアルトゥール・ザイス=インクヴァルトが首相となって新政権を発足、オーストリアはナチスの支配下に置かれた。そして1938年3月12日朝、ドイツ国防軍とSS(ナチス親衛隊)が国境を越えてオーストリアに進駐を開始し、翌3月13日にはヒトラーがリンツにて、オーストリアのドイツ帝国への“アンシュルス”(併合)を認める法律を発表した」

この動きに対して…

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確率的にはわずか1%の選択で、大ドイツ帝国の誕生はなりませんでした。政情不安定にもかかわらず、一本スジの通った毅然とした対応は、さすが腐ってもオーストリアというところでしょうか。どこかの国の弱腰首相に見習ってほしいものです。

1938年3月22日:イギリスで“戦時体制への移行”が発生。
1938年3月22日:フランスで“戦時体制への移行”が発生。

1938年4月1日、中国共産党から驚きの提案。

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のちのちの対中戦でぶっ潰すのに張り合いが出るので、現段階では共産党に肩入れしたいのですが…。同盟はさすがに無理。

1938年4月10日。

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1938年5月26日。

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1938年7月16日。

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1938年8月6日。

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Hoi2DataWikiより
「極東における日本とソヴィエト連邦の勢力圏争いは時折、実際に砲火を交える武力衝突へと発展する。1938年に帝国陸軍がハサン湖周辺のソ連軍防衛線を強行偵察した際には、数か月にわたって戦闘が続いた。日本軍はソ連軍砲兵部隊の弾幕射撃の威力に舌を巻いたものの、ソ連兵の戦意の低さには呆れた」

1938年8月22日、飛龍竣工。搭載機数57機の中型空母です。

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1938年9月30日。

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Hoi2DataWikiより
「ドイツはオーストリア併合によって活発になったズデーテンラントでの自治要求活動を大義名分に、チェコスロバキアにズデーテンラントの割譲を要求し、これに応じない場合は軍事力の行使をも辞さないという構えをとった。これを受けて、イタリアの調停で英仏独伊による話し合いの場がもたれた(ミュンヘン会議)。この会議にチェコスロバキアは参加できず、戦火の拡大を恐れた欧州列強によって、ズデーテンラントを割譲する代わりに、これ以上欧州での領土拡大を求めないという、ほぼドイツの希望通りの条約が結ばれた(ミュンヘン協定)」

国家社会主義ドイツ労働者党発行の空手形です。

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1938年9月30日:イギリスで“戦時体制への移行”が発生。
1938年9月30日:フランスで“戦時体制への移行”が発生。

1938年10月10日。

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1938年11月11日。

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Hoi2DataWikiより
「ケマル・アタトゥルクはガリポリの激戦で活躍し、第一次世界大戦の英雄となった人物である。彼は大戦が終結すると、外国勢力から国土を奪還する祖国解放戦争を開始し、これに勝利した。その後トルコ共和国を建国、初代大統領に就任すると、1922年にスルタン制を廃止し、1924年にはカリフ制も廃止した。こうして権力を掌握したケマルは一連の改革に乗り出し、トルコの近代化を推し進めた。そして1938年11月10日、ケマル・アタトゥルク(アタトゥルクは“父なるトルコ人”という意味で大国民議会より与えられた姓)は永眠した。彼の強力な指導力がトルコを20世紀へと導いたのである」

1938年12月24日。

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あっさりと潰れてしまいました中国共産党。毛沢東はどうでもいいけど、周恩来はどこに姿を隠したのでしょう。できることなら我が陣営に加えたい人物です。

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